自分と向かい合うこと

 前回の発見に対して、科学的根拠は私の中で必要としない。行ったことといえば、自分はもう充分努力しているんだと認め、子どものことを含めた、状況を説明して、時間を守る約束はできないと先生に伝えたことくらいだろうか。このブログをはじめたことも関係しているかもしれない。文を書くということは、私の中でとても重要だったのだろう。

 

 

 良いことは、さらに続いた。保育園でのお迎えの様子は、この記事を

 

brassicarapa.hatenadiary.jp

 読んでもらいたい。保育園に通うようになってから、次男の「切り替えの悪さ」にずっと悩んできた。いろいろ工夫はしてみるのだが、上手くはいかず、先生や他のママもいろいろ助けてくれるのだが、ちょっとしたことですぐ不機嫌になってしまう。そんな中、先生から提案があった。

「最初に下の子の準備をしたあと、下の子は教室に預けたまま、上の子のクラスへ行ったらどうですか?」

このとき、「欲しかった助けがやっときた」と思い、つい泣きそうになった。

 

 今まで私は、周りにある問題を自分の力だけで解決しようとする「抱え込みぐせ」があった。また、あらゆることに罪の意識を感じていた。

  • 自分を休ませること。
  • お金を使うこと。
  • 子どもを預けて仕事をすること。
  • 子どもを預けたまま、家の用事をすること。

これらのことを、実際に文句をいう人はいる。しかし、それでは生活していくことは不可能だ。今までずっと、文句を言ってきた人の言葉を気にして、必要最低限のことだけ済ませて、なるべく早くお迎えに行き、一度子どもを引き取ったら、離れてはいけないと考えていた。助けてほしいと思ってはいても、伝えて理解されるかどうか分からなかったので、自分からは言えなかった。

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